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ここ一年くらい、自転車のメンテナンスや掃除が好きになっている。仲間と一緒に走りに行く前日の夜なんか、ちょっとフレームを拭いてるうちに注油やら調整やらを始めちゃって、いつの間にか一時間が経過したりする。 最近冗談めかして「洗車が終わるまでがツーリングだから」とか言ってるけど、半ば本気です。ロングライドを終え、その汚れを落として元の状態に戻したとき、また大きな満足がやってくる。 二、三年前まではこんなんじゃなかったんですよ、水洗いなんて絶対しなかったし、フレームも拭かなかった、メンテは月に一度メンテループをチェーンに差すくらい。仲間に「ちょっとはキレイにしてやれよー」と呆れらたりしていたのです。 「自転車を磨くのは、メディテーション(瞑想)だから」、というのはいつも愛車をビッカビカにキレイにキープしてる自転車仲間の口癖だけれど、なるほど一つの見識だと思う。 俺も、ヒマな時に自転車のある部屋に行き、眺めたり拭いたりワイヤーの張りを調整したり、なんて時間を過ごすことが多くなってきた訳だけど。 そんな風に自転車いじりながら近頃思うんですけどね。「自転車に乗ること」と「自転車をメンテナンスすること」の間には、そんなに大きな壁は無いんじゃないか、と。 「音楽を聴くこと」と「音楽を作ること」の間に、それほど大きな壁がないことに気付いたのは、ここ十年くらいの話です。つまり、CDを聴きながら「このサビのギターのフレーズはこう展開してるのか、なるほど」とか考えることと、曲を作りながら「ここのサビでどうやってギターを展開させようか」と考えることのあいだの距離は、意外に近いと思うんですよ。もちろん、本人の主観の中の話ですけどね。 同じように、「自転車を走らせること」と「自転車をメンテナンスすること」の間に大きな差はないと思うんだよ。例えば、「上りの時のペダルサドルハンドルの加重バランスはこんな感じだろうか」と考えながら尾根幹をトレーニングすることと、「ここの所にメンテループを差せばもうちょっと引きが軽くなるだろうか」と考えながら自転車を磨くことは、ほとんど同一の行為と言って良いのではなかろうか、と。 何が言いたいかっていうと、俺の中では、ブレーキ変速その他が自分の満足のいく感じにバッチリ調整できた時の満足感って、尾根幹を自分の納得のいく感じで走れた時とかなり似てるんですよね。いやむしろ、ナイトランなんて全然負荷もかけないし自分の快楽のために深夜徘徊を楽しんでるみたいなもんだから、それよりもメンテをじっくりやった時の方が、深く自転車についての行為をした、と感じるくらいである。 俺あんまり知らないんだけど、きっと茶道もそうなんなじゃないかな。あの世界でも「茶を点てること」と「茶をいただくこと」、さらには「茶の道具を片付けること」も区別されてないと思うんだけど。 だから俺は、自転車を走らせることも、自転車を調整することも、洗車することも、すべて同じ「自転車をする」というひとつの行為である、とここに提唱したい。 ……ただですね。自転車ショップに行ってあれこれとパーツを物色したりするあれも、「自転車をする」という崇高な行為の仲間に入れていいものか……すみません、これはちょっと宿題にさせてください。 #
by ko_bayashi
| 2011-08-12 23:26
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